鹽竈神社にありがとう

無事に出産を終え、神様に無事生まれたことの報告と感謝を伝えたいという方へ。

出産前には安産祈願を、そして出産後には日取りを決めてお宮参りをしますよね。

本記事では、鹽竈神社の3つの魅力をお伝えします。

鹽竈神社にありがとう

 

1.鬼門方向に位置する鹽竈神社

庭園 鹽竈 神社

美しく整備された庭園

鹽竈神社は普段から各種祈願やお参りで、そして初詣時には帰省した方や地元の人が多く訪れます。宮城県仙台市の大崎八幡神社や愛宕神社と並ぶほどの神社として知られています。

鹽竈神社の歴史は、一番初めに建てられた年代こそ明らかにはされていませんが、平安時代初期の書物「弘仁式」に歴史をうかがわせる記録が残っています。「弘仁式」には、鹽竈神社が時の朝廷から手厚い祭祀料をもらっていたことが記されています。また鎌倉時代に入ると平泉(岩手県)の奥州藤原氏や鎌倉幕府の留守職であった伊沢氏、そして仙台藩の伊達氏から篤い信仰を受けていました。なぜ鹽竈神社が発展してきたのか、それは近くに位置する史跡「多賀城跡」と大きな関係があると言われます。

多賀城跡は、奈良時代から平安時代にかけて現在の宮城県多賀城市に置かれた古代の城柵(軍事の拠点)のことで、東北地方の政治・文化・軍事の中心地として発展していました。当時の大和朝廷が蝦夷(えみし)を制圧するための軍事拠点として西暦724年に設置し、以降4回にわたり造営が行われました。当時の日本を統括した平城京や太宰府と並ぶ重要拠点であります。

鹽竈神社は、この多賀城の東北方向(鬼門にあたる)に位置します。蝦夷の地との境界線に建てられた鹽竈神社は、国府の守護と蝦夷地平定の精神的な支えとして、都から赴任してきた政府の要人達に篤く信仰されたと考えられています。

🔗鹽竈神社公式サイト

 

2.自家用車でのアクセスの良さ

車 参拝 鹽竈

車での参拝客が多い鹽竈神社

鹽竈神社はアクセスに際して車の便が良いことでも有名です(JR線の場合、最寄駅からは徒歩15分ほどかかります)。もちろん初詣時の混雑はありますが、それ以外の時期に探訪するにはタクシーか自家用車が最適です。参拝客用に第1から第4駐車場まで大型バスを含む計300台が駐車できる駐車場を備えています。以下のGoogleマップをご覧ください。実際に行かれる場合には、県道3号線から、青丸の地点を北に向かい、最初の信号を左に曲がってから山道を登るのが一番早いルートです。赤丸は駐車場を示しています。

 

3.鹽竈神社と並立する志波彦神社

大和朝廷 北進 蝦夷

大和朝廷の北進を守ってきた鹽竈神社

鹽竈神社と同じ敷地に鎮座されている志波彦神社、この神社はもともとは宮城県仙台市の七北田川(冠川ともいう)の畔に置かれていましたが、明治7年に鹽竈神社の別宮本殿に移されました。

鹽竈神社には、「塩土老翁神(しおつちのおじのかみ)」「武甕槌神(たけみかづちのかみ)」「経津主神(ふつぬしのかみ)」が祀られていますが、これは伊達家4代目当主:伊達綱村公が神社の造営時に祀る神を研究させ、3つに集約したそうです。一方、志波彦神社に祀られる神様はどのような神様なのでしょうか。

志波とは「物のシワ」=「端(はし)」を示す言葉で、宮城県仙台市の地名に「志波町」、宮城県栗原市志波姫の志波姫神社、岩手県紫波郡の志波城跡など、各地に同音の地名が存在します。これは大和朝廷の統治範囲が北に進むにつれてシワの地(大和朝廷の勢力の端)が北に拡大していったと考えられています。また、この地方で信仰されていた土着の神様を志波彦神あるいは志波姫神と呼んだとも考えられていますが明らかではありません。農業の守護神・国土開発の神として祀られていたのでしょう。

いずれにせよ、時の大和朝廷の北進の前線に志波彦神社が置かれ、各地に志波という地名が付けられ、さらに鹽竈神社は蝦夷との境界という意味でも信仰を集めていたに違いありません。当時の大和朝廷が勢力の範囲を拡大する上での精神的な拠り所として発展してきたという視点で見るならば、参拝の魅力は格別ですよね。

🔗鹽竈神社 志波彦神社の御由緒

古代 東北 蝦夷

古代東北の地に想いを馳せる

最後に…

ここまでの長文をお読みくださいまして、本当にありがとうございます。
本記事では「鹽竈神社にありがとう」と題し、

  • 鬼門方向に位置する鹽竈神社
  • 自家用車でのアクセスの良さ
  • 鹽竈神社と並立する志波彦神社

の3つをご紹介しました。

鹽竈神社は地元の方や帰省する人のみならず、県外からも多くの参拝客の信仰を集める神社です。これだけ古くから参拝され、平安時代初期の書物「弘仁式」にも祭祀料の記録が残っていますが創建年代が不明であるなど、多くの謎を残しています。近くに位置する「多賀城跡」、「東北歴史博物館」などと組み合わせて参拝することができれば、蝦夷と呼ばれた古代の東北の地に想いを馳せることができるのではないでしょうか。

以上、
「鹽竈神社にありがとう」でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。