どんと焼きにありがとう

日本の祭事を愛する方で、特に正月明けのお焚き上げ(どんと焼き)を心待ちにされる方へ。

寒い冬にわざわざ神社に出向き、正月飾りをお焚き上げするこの祭事、何が人々を惹きつけるのでしょうか。

本記事では「どんと焼きにありがとう」と題し、3つの魅力をご紹介します。

どんと焼きにありがとう

 

1.炎にありがとう

炎 どんと焼き どんと祭

氷点下の寒さの中で暖をとる意味とは

どんと焼きが行われる1月14日、外の寒さは1年の中でもピークを迎えますよね。皆白い息を吐きながら参道を登って神社に集まり、祝詞を唱え、点火の瞬間を心待ちにする方も多いのではないでしょうか。四方から火をつけられた正月飾りは一気に燃え上がります。天高く火柱を上げ、火の粉を散らしながら燃える様は言葉では表現しきれないものがありますよね。

集まった方々、皆それぞれに心に様々な思いを込めて炎を見つめます。氷点下の寒さの中で火にあたるという行為自体が、焚き火や焼き芋といった冬の風物詩を連想させます。古代より、火にあたるという行為は厳しい寒さから生命を守るため、初期の人類が初めて覚えた生活の知恵でしたよね。文明社会に生きる今、エアコンやヒーターにすっかり慣れてしまった私たちを「暖をとる」という原点に引き戻してくれるきっかけとなるのが、この「どんと焼き」ではないでしょうか。

 

2.神様にありがとう

紙垂 炎 どんと焼き

神様に1年の無病息災を願う

正月飾りを燃やし、炎に向かって手をあわせる方も多く見られますが、その中でも1年間の無病息災をお願いする方が多いようです。そしてどんと焼きの煙にあたるとその年は病気や怪我をしないとも言われますよね。無事に新年を迎え、三が日が明けて仕事や学業に励む10日間が過ぎたところで、もういっぺん神様のところに、報告と感謝に行くという意味合いもあるのでしょうか。日本に数多くある神事のうちでも、なんとなく行かないと気がすまない行事の一つではないでしょうか。

1月が終わってもまだ正月飾りが残っていた!なんて日には、どこかバツが悪くなってしまいますよね。正月飾りを燃やすという単純な儀式ではありますが、そこには古来より日本人が大事にしてきた「気持ちの整理」という意義があるのではないでしょうか。ことあるごとに神様の前に出向き、その節目まで生きてこられた感謝の気持ちを伝え、明日からの活力を頂く尊い儀式であるのかもしれません。

 

3.謙虚な気持ちにありがとう

足元 紙吹雪 地面

自分の立ち位置を確認する謙虚な気持ち

神様への感謝の気持ちと同時に、多くの方が自覚するのが「謙虚な気持ち」であるといいます。寒い中で火にあたりお参りした後には、どこかすっきりしたとか、浄化されたようだとか、前向きな気持ちが湧いてきたとか、プラスの感想を述べる方が多いようです。火にあたることで自分の心を鎮め、立ち止まって内省し、今日までの自分の歩みを確かめる良い機会なのかもしれません。

大げさな言い方になってしまいますが「自分はどこから来て、これからどこへ行こうとしているのか」「何が正しくて、自分はどうしたいのか」「何のために生きているのか」「生きる意味とは」といった人生に関わるようなことを神様の前で自問自答する時間と言えそうです。そして襟を正すような気持ちで参道を戻り、鳥居をくぐって神域を出た後には、ついさっきまでの自分とは違う己を自覚できるのかもしれません。

どんと焼き 竹 紅白幕

「自分はどこから来てどこへ行くのか」

最後に…

ここまでの長文をお読みくださいまして、本当にありがとうございます。
本記事では「どんと焼きにありがとう」と題し、

  • 炎にありがとう
  • 神様にありがとう
  • 謙虚な気持ちにありがとう

3つの魅力をご紹介しました。

古くから行われきた「どんと焼き」、世間の様々なしがらみや既得権益といった、人としての判断を狂わせるような雑念を払う意味合いもあるのかもしれませんよね。

以上、
「どんと焼きにありがとう」でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。