雨の日にありがとう

雨の日になると憂鬱で、満員電車に腹が立ち、さらには雨に濡れること自体イライラしてしまうという方へ。

雨の降る目的が解ることで、雨の日の感じ方も変わりますよね。

本記事では「雨の日にありがとう」と題し、3つの感謝をご紹介いたします。

雨の日にありがとう

 

1.自分をリセットできることに感謝

マイペース カタツムリ 雨

カタツムリのように自分のペースを取り戻す

雨が降る目的、それは晴れの日が続いてご自身がオーバーヒート状態になってしまわないように、雨の日があるといいます。雨の日と晴れの日では一日の過ごし方は大きく変わってきますよね。雨の日がお仕事であっても、社内で書類整理や構想を練ったり、戦略を立て直したりと、どこかクールダウンの日として使うことができます。晴れの日が続けば、時間の続く限り連日のように朝から晩まで営業活動に徹したりと、ご自身を追い込んでしまう働き方をしてしまう方が多いようです。

晴れの日の合間に雨の日があることで、自分自身がぶっ飛んでしまわぬようにお天道様がちゃんと見てくれているのです。「そろそろこの人は限界がきそうだな。。。」「この人は一度立ち止まった方が良さそうだな。。。」「ペースダウンした方がいいかな。。。」など、ご自身にベストなタイミングで雨が降り、毎日の経済活動に待ったをかけてくれるという大変にありがたい目的を持っています。

 

2.所作が丁寧・謙虚となることに感謝

所作 雨 跳ね上がり

雨が跳ねないような静かで丁寧な動き

そして二つ目の目的は、何気なく行ってきた毎日の所作を丁寧にしてくれるという目的です。雨の日に濡れた階段をものすごい勢いで駆け上がる方はまずおりませんよね。足元は濡れて滑らないかな?下りは滑りそうだから気を付けよう、など晴れの日には心配しなくて済むようなことを気にかけることができます。

雨で濡れた折りたたみ傘を丁寧にたたむ、濡れたバッグや革靴をタオルで拭き、ついでに汚れも落とすことができます。スーツについた水滴も気になり、やがては雨の日に絶対に上着を濡らすことなく出勤できるように工夫したりすることもできます。駆け込む満員電車にいつもは黙って乗り込むのに、ほんの少し「すみません」と頭を下げたり、周りの方が窮屈にならないように体を縮めたりと、自然に謙虚な姿勢をとることができます。

雨の日に車から水をかけられた日には、一瞬は腹が立ちますが、ご自身がハンドルを握った時にはそのことを思いだして、自然にスピードを落としたり、歩行者を少し避けたりと「人の振り見て我が振り直せ」のような体験も、雨の日があるからこそ可能になりますよね。

 

3.晴れの日に改めて感謝

雨上がり 木々 日差し

木々の間からこぼれる雨上がりの陽射し

3つ目の目的は、何と言っても「晴れの日に改めて感謝できる」ようになることです。古より、大自然を相手にする者にとって天候の良し悪しは生死を分ける重要事項でした。特に修験者や修行僧にとっては、雨の日に岩場や狭い獣道で足を滑らせ、そのまま命を落としてしまう方も少なくありませんでした。雨で体力を奪われ、足元に神経をすりへらす苦労といったら、言葉に表しようがありませんよね。

現代において山登りをする方や旅人にとっても、雨の中にあって雲の切れ間が見える瞬間や、行く手の空の色が明るくなることは、心踊るくらいに嬉しいものです。そんな「晴れ」に対する感謝の気持ちや、天候という大自然への畏敬の念を彷彿させてくれるのが、雨の日でもあります。雨の日がなければ晴れの日に対する感謝の気持ちもさほど強くはなりませんよね。

水草 雨 同心円

同心円状に広がる雨の粒

最後に…

ここまでの長文をお読みくださいまして、本当にありがとうございます。
本記事では「雨の日にありがとう」と題して、

  • 自分をリセットできることに感謝
  • 所作が丁寧・謙虚になることに感謝
  • 晴れの日に改めて感謝

3つの感謝をご紹介いたしました。

古来、日本では雨を題材とするたくさんの和歌や俳句、文学作品が世の中に送り出されてきました。それらに共通する要素の一つとして、雨を風流であると感じる謙虚な心、その雨を通じた自然に対する深い畏敬の念を感じ取ることができますよね。

時代は変われど、雨の日が人間に教えてくれるものは変わらず、「謙虚な心」「畏敬の念」であるといいます。その心を通じてご自身をリセット(クリーニング)し、晴れの日に向けてベストな自分を作っていきたいものですね。

以上、
「雨の日にありがとう」でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。